[東京 4日 ロイター] - ロシアのウクライナ侵攻を受け、主要7カ国(G7)など西側諸国による対ロシア制裁の中で国際銀行間通信協会(SWIFT)のネットワークからのロシアの銀行排除が注目されているが、もっと大きな損害をロシアに与える制裁が発動されている。ロシア中銀を対象にした制裁だ。この制裁によってルーブル防衛のためのドル買いができなくなり、ルーブルがどこまで下がるのか見えなくなってしまった。
その結果、ロシアに進出している米欧日の企業は、ルーブル建ての売り掛け債権が無価値に近くなるほどの大損害を受ける危険性が高まっている。米欧企業が日本企業に先んじてロシア事業からの撤退を決めている本当の理由は「ルーブル暴落」だろう。自動車や商社をはじめ日本企業もロシアに生産設備を展開したり、多大のエクスポージャーを抱える企業があり、「決断」を迫られている。打撃は広範囲に及ぶとみられ、日本政府も「民間ビジネスの問題」と傍観していられない状況に直面すると予想する。
<介入できないロシア中銀>
ルーブルは3日、対ドルレートで一時、118.35ルーブルまで急落した。これはロシアのウクライナ侵攻直前から約30%、今年1月初めから約60%下落した水準だ。
通常ならロシア中銀がドル売り/ルーブル買いの介入を実施して暴落を止めに入るが、今回はそれができない。米国はじめ西側諸国がロシア中銀を制裁対象にし、NY連銀や欧州中銀(ECB)、日銀などが保有するロシアの外貨準備が凍結され、使用できないからだ。松野博一官房長官が会見で公表したところによると、日銀はロシア中銀が保有する約3.8兆円を預かっている。
介入ができない通貨は、市場で「売り浴びせ」の対象になりやすい。また、4日にはウクライナのクレバ外相が、ロシア軍の総攻撃により同国内のザポロジエ原発で火災が発生しているとツイート。世界の金融・資本市場ではいったん、リスクオフ取引が表面化し、ルーブルの一段安も予想されていた。
<販売代金に為替差損、撤退相次ぐ欧米企業>
この「ルーブル暴落危機」は、西側企業の経営に大打撃を与えかねない。ロシアに自動車やパソコン、半導体など製品を輸出し、代金をルーブルで受け取ってもルーブルが急落中では、自国通貨に換えた際に大赤字になってしまう。
また、ロシアの現地法人がロシア国内で販売した代金をルーブルで受け取って、原材料費などをドルやユーロで支払った場合でも、ルーブルの暴落によって、販売すればするほど赤字が堆積する構図になる。
実際、欧米の自動車メーカーは、ロシアの事業の見直しを早々に公表している。GMは2月28日、ロシア向けの全自動車輸出を当面停止すると発表。スウェーデンのボルボも当面、ロシアへの自動車輸出を取りやめるとした。独フォルクスワーゲン(VW)はロシアで販売店への自動車出荷を一時停止し、ダイムラー・トラックは、ロシアでの事業活動を即時凍結すると発表した。
GMは声明で「われわれの思いはウクライナとともにある。人命の喪失は悲劇であり、われわれが最も懸念しているのはウクライナ国民の安全だ」と表明した。人道的な見地が経営判断の重要部分で大きく影響を与える「エシカル経済」の実例と見えるが、ルーブル暴落による損失を最小化しようという「ソロバン勘定」も働いたのではないかと筆者は指摘したい。
一方、日本勢ではトヨタ自動車が3日、ロシアでの自動車生産と完成車の輸入を4日から当面の間、停止すると発表した。物流が混乱し、ロシア国外からの部品供給が滞っていることを理由に挙げた。日産自動車も3日、ロシアへの完成車輸出を停止したと発表。ホンダは四輪車と二輪車の輸出を一時停止した。いずれもロシア国内における物流網の混乱で正常に生産ができないことを理由にしているが、結果としてルーブル暴落による「差損」を回避できることになる。
<制裁長期化なら設備放棄の最悪シナリオ>
問題は、ルーブル下落が短期間で収束するのか、それとも長期化するのかという点だ。短期間でロシアのウクライナ侵攻問題が解決の方向に向かい、ロシア中銀への制裁が解除になれば、ルーブルは短期間に水準を回復し、米欧日の企業への打撃も最小限に抑えることができる。
しかし、戦争状態が長期化したり、ロシアが西側諸国の要求に応じてウクライナから撤退するなどの行動に出ない限り、ロシア中銀への制裁は解除される見通しが立たないと予想される。
プーチン大統領は3日のマクロン仏大統領との電話会談で、ウクライナの「中立化」と「非武装化」をあくまで求めていく方針を強調したとされ、短期収束の見通しは立っていない。
仮に1年超の長期間にわたってロシア中銀への制裁が継続された場合、ロシア国内に工場などの設備を保有するメーカーは、設備の放棄という最悪のシナリオも待ち受けている。ルーブル下落中の状況下では、設備を買い取ってくれるところが見当たらないからだ。ロシアにとって友好国である中国の企業にとっても、為替差損が必至の案件に大金を払うことはしないだろう。
ロシアに進出している日本企業は、自動車メーカーや商社にとどまらず幅広い業種にまたがっている。多数の企業が戦争状態になった影響で多額の為替差損を被るケースとしては、第2次世界大戦後では最大規模になる可能性がある。「平時」ならリスクは企業が自ら取ることが大原則だが、「戦時」となれば事情が違うのではないか。政府系金融機関からのつなぎ融資など臨時的な対応について、政府が速やかに対策をまとめる必要があると筆者は指摘したい。
<欧州銀発の信用不安も>
もう1つ、大きな問題が浮上する可能性がある。それは、対ロシアに大きなエクスポージャーを抱える欧州の銀行をめぐる信用リスクの拡大だ。SWIFT切断問題を契機に対ロシア債権が不良債権となり、ルーブル暴落も重なれば一部の欧州系銀行で信用リスクが高まる事態も予想される。
そのケースでは、邦銀への影響も皆無とは言いきれなくなる。欧州発のクレジットクランチが米国や日本に波及することも、事態の長期化に伴って現実化する可能性が高まるだろう。
特に日本では、3月末の決算期を間近に控えているだけに、大手行を含めて国際的な信用コストの動向に神経を使っているところが多くなっているようだ。いずれ世界的にドル資金が不足する展開もありそうで、2008年の世界金融危機(リーマンショック)の再来にならないように政府・日銀は今から周到な準備が求められている。
●背景となるニュース
・〔情報BOX〕ウクライナ危機、日本企業のロシア事業に影響
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