カブトムシの翅を頑強にするタンパク質を同定―新材料開発に期待―
研究成果のポイント:
蛹から羽化したばかりのカブトムシの上翅は白く柔らかいが、しばらくすると黒く硬い上翅に変化することがよく知られています。この上翅の変化の過程では、上翅内部のミクロ構造の形成と、それと同時に起こる化学反応によって頑強な上翅が形成します。これまでの研究によって化学反応についてはよく理解されていますが、ミクロ構造の形成については未解明でした。国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の新垣篤史教授、同大学院工学府生命工学専攻の村田智志氏、カリフォルニア大学アーバイン校のDavid Kisailus教授 (東京農工大学グローバルイノベーション研究院・教授(兼任))らの研究グループは、ニホンカブトムシの上翅が、短時間で頑強になる過程に着目し、上翅のミクロ構造とそれを構成するタンパク質の詳細な解析を行い、従来知られていない特徴を持つタンパク質群の存在を明らかにしました。またこの過程において、上翅の内側にタンパク質を含むミクロな層状構造が厚くなる様子と共に、そこに発現するタンパク質群の種類が変化することを見出しました。本研究の結果から、これらのタンパク質群が上翅の頑強さに関わる層状構造やミクロ構造の形成に関与することが示唆されました。今後、タンパク質の詳細な機能解明が進み、この機構を模倣することで、頑丈かつ軽量な生分解性材料等の開発に繋がることが期待されます。
本研究成果は、Acta Biomaterialia誌への掲載に先立ち、2021年12月24日にWEB上で公開されました。論文名:Unveiling characteristic proteins for the structural development of beetle elytraURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S174270612100828X
背景 甲虫は地球上に350,000種以上存在すると言われている非常に多様性に富んだ生物群です。甲虫がこのように繁栄に成功した理由の1つとして、様々な環境ストレスや外敵から身を守る役割を果たす外骨格注1を持っていることが挙げられます。甲虫の外骨格は、その約90%がキチン注2とタンパク質で構成されています。また、しなりのある関節部や高度に硬化した角や翅など、多様な特性を実現しているという特徴を持ちます。近年、持続可能な社会の実現に向けて、環境負荷の少ない新材料の開発が期待されている中で、甲虫外骨格の構造形成機構や硬化機構の応用が期待されており、国内外で様々な研究が進められています。近年の研究成果から、外骨格の頑強さや構造は、外骨格中に存在するタンパク質によって制御されていることが考えられています。しかしながら、多数のタンパク質が関与し、複雑に制御されていることが予想される外骨格形成の全体像は未解明でした。
研究体制 本研究は、東京農工大学の新垣篤史教授、同大学院博士課程の村田智志氏、同大学工学部4年生の日吉那央哉氏 (当時)、カリフォルニア大学アーバイン校のDavid Kisailus教授、Jesus Rivera博士、Wen Yang博士、全南大学校の荒金靖之教授、Mi-Yong Noh博士、ローレンスバークレー国立研究所のDilworth Y. Parkinson博士、Harold S. Barnard博士で構成される国際研究グループによって実施されました。研究成果 本研究では、カブトムシ (ニホンカブトムシ:Trypoxylus dichotmus)の外骨格、特に外敵から身を守る役割を果たす「上翅」を対象としました。カブトムシの上翅は羽化直後では白色で軟らかい状態ですが、その後短期間で層状構造やミクロ構造が完成し頑強な上翅となる特性を持ちます (図1A)。研究チームは、この成熟過程に焦点を当て、上翅の構造と強度の変化を調査しました。まず、成熟に伴う上翅断面の構造変化を走査型電子顕微鏡注3及びCT注4を用いて観察しました。カブトムシの成熟した上翅は、独立した2層の間を支柱のような構造体が支える形をなしています (図1B、C)。本研究により、この2層構造は羽化後4日目までに形成が完了する様子が観察されました。さらに、ナノインデンター注5を用いた強度試験の結果、上翅の強度は羽化後24時間までで最も上昇率が高い様子が確認されました。 さらに、成熟過程に伴うタンパク質組成の変化を明らかとするために、羽化直後から羽化後8日経過時点までの様々な段階の上翅からタンパク質を抽出し、電気泳動によって解析を行いました。その結果、成熟に伴って上翅中のタンパク質プロファイルが変化することが明らかになりました (図2A)。そこで、上翅中のどんなタンパク質が存在し、どのように組成が変化していくのかを調査するために、羽化直後の白色の上翅と成熟した黒色の上翅から抽出したタンパク質を、質量分析計を用いて解析し比較プロテオーム解析注6を行いました。この解析により、成熟前後の上翅から414種類のタンパク質が同定され、その中でも31種類のタンパク質が層状構造やミクロ構造の形成に関与することが示唆されました。 最後に、これら31種類の構造形成・硬化関連タンパク質群の詳細解析を行いました。これらのタンパク質のうち、羽化直後の上翅のみから同定された15種類のタンパク質、及び成熟前後の両段階の上翅から同定された10種類のタンパク質は、特に構造及び強度が急激に変化するタイミングで存在していることから、上翅のミクロ構造形成において重要な役割を果たすと考えられます。そこで、これらのタンパク質に対してアミノ酸配列を基に類似性の評価を行ったところ、それぞれのタンパク質群においてユニークな配列的特徴が見出されました。羽化直後の上翅のみから同定されたタンパク質群においては、グリシンに富んだ比較的親水性の高い配列領域が、成熟前後の両段階の上翅から同定されたタンパク質群においてはアラニン・プロリン・バリンに富んだ比較的疎水性の高い配列領域が発見されました (図2B)。これらのユニークな配列領域は、上翅のミクロ構造形成において機能を発揮していることが考えられます。
今後の展開 今後、本研究で見出されたタンパク質群の詳細な解析を行うことで、タンパク質の新しい機能の発見と甲虫外骨格形成機構の全容解明が期待されます。また、本研究で同定されたタンパク質群の機能を模倣することで、頑丈かつ軽量な生分解性材料等の開発に繋がることが期待されます。キチンを利用した医療用材料、プラスチック代替材料等への応用が考えられます。
注1) 外骨格は、甲虫の骨格構造で表皮やクチクラとも呼ばれる。上翅も外骨格の一つ。注2) キチンは多糖の一種であり、地球上において2番目に多く存在する生体高分子。注3) 走査型電子顕微鏡とは、波長の短い電子線を利用した顕微鏡で、数nmの物体の表面構造が観察可能 (1 nmは1 mmの100万分の1)。注4) CTはComputed Tomographyの略。X線を用いることで物体の内部構造 (断面)を画像化する技術。注5) ナノインデンターは圧力をかけることで材料の強度・硬さを測定する技術。注6) 試料中に存在するタンパク質を網羅的に解析・同定し、サンプル間で比較を行う解析のこと。
◆研究に関する問い合わせ◆東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門 教授 新垣 篤史(あらかき あつし)TEL/FAX:042-388-7021/042-385-7713E-mail:arakakia(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp